[]「耳なし芳一」を知らぬ子どもたち

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竹取物語」の概要は、ほとんどの子が知っている。

しかし、よくは知らないようだ。

おそらく、絵本などで簡略化されたお話として、ほんの少し、見聞きして知っている程度なのであろう。



いちばん単純なお話としては、



かぐや姫が竹から生まれ、大きくなったが、そのうちに泣き出して月に帰るといい、おじいさんがひきとめたけど月に帰って行っちゃった」



という程度しか知らない子もいる。

帝も男たちも、なにも出てこない。

これで「かぐや姫」と言っていいのか、と思うほどだ。





それよりは、もう少しくわしく知っているよ、という子でも、



「なんかお殿様と結婚しようとしたけど、月に帰らなきゃだから帰っちゃって、お殿様と爺様婆様、みんなで泣いた」



という程度。



結婚の申し込みが殺到したが、かぐや姫がありもせぬ無理難題をふっかけて、男どもをけむに巻いた、などということはほとんどの子が知らない。

まして、かぐや姫が最後に帝に「不老不死の薬」を渡したことなどは、知らない。



帝は不老不死の薬を手に入れて、神の世界に住む者としてこの世に君臨したかというとそうではなく、かぐや姫のいない世界に生きる意味なし、と不老不死の薬を日本で一番高いとされた活火山の噴火口に投げ入れてしまった、という話は、みんな



「へーーー」



という顔で聞いている。



そこから話が広がって、子どもたちに平家物語奥の細道などの話をしてみたが、ある程度のことは知っている子ですら、東海道中膝栗毛(なんと一応国語の教科書に載っている!)の弥次さん喜多さんとなるとまったくチンプンカンプンだし、第一、全員知っているかと思われた、落語の寿限無すら知らない子までいた。



平家の話となると、外してはならないのが、平家の落ち武者の悲哀、残されたものたちの怨念と、心底からの、嘆きの物語であろう。



先日、『平家物語』について話題になった折に、

「もっとも有名なのは、『耳なし芳一』であろうな」

と、わたしはその話をした。



うちのクラスで、耳なし芳一を知っている子は、一人しかいなかった。



なぜだろうか。

自分が小学生の頃は、日本の一番有名な怪談の一つとして、何度も何度も聞いたり読んでもらったりしたような気がするのだが・・・。



おそらく、わたしが思うに。





主人公、芳一の、耳がひきちぎられることの残虐さ。

そして、その引きちぎられるときに、声を出してはならぬ、との約束があったがゆえ、

芳一が苦悶の表情をうかべながら、必死に呻き声を押し殺していた、という、なんともいえない凄惨な場面が、平成の子たちには、キツすぎるからではあるまいか。

雨の中を唯ひとり安徳天皇の慰霊碑の前に座り、琵琶の音を響かせ、壇ノ浦の合戦のくだりを大声で詠唱する芳一・・・。



背後やその周囲と墓石の上のいたる所に、死人(しびと)の炎が蝋燭の火のように燃えている。かつてこれほど多くの鬼火の群れが、生者を前に現れたことは無かっただろう・・・。



芳一が鉄の指で掴まれたと感じた刹那、耳は引き千切られた。猛烈な痛み!しかし、叫び声は上がらなかった。重々しい足音は縁側を歩いて遠ざかり──庭に下りると──そのまま道の方角へ出て行き──止んだ。頭の両側から、どろどろと生暖かいものがしたたるのを感じた・・・。


この話の物凄さに比べたら、魔女もゾンビもバンパイアも、みんな赤子同然で、ちんまりとかすんじまうくらいだから、ねぇ・・・。



耳なし芳一