[]「でも先生、それじゃ、だれも変わらないと思う」

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「誰も悪くない」という話をしたら、



「でも先生、それじゃ、だれも変わらないと思う」




という子がいました。



どうも、○○くんは悪い、って、先生にハッキリ、言ってほしかったみたい。







べつに変わらなきゃいけないわけでもない。



しいて言えば、困っている子が、困らなくなればいいのです。



「先生、あの子が○○してくるので困ります!」



と訴えてくる子が、



困らなくなればいいのです。





そのことと、○○くんが悪い、ということとは、ほとんど結びつかないのですが、



たいていの場合、訴えてくる子の頭の中には、



○○くんが悪いやつなので⇒ ぼくが困る




という式が成り立っている。





しかし、あることを進めていくと、これが解消していく。



これは、誰が悪いか、ということに焦点を当てない方法でありまして、



ぼくが困る⇒困らなくなる方法をGETする




ということを進めていくのです。



すると、○○くんが悪い、とは言わなくなります。







困らなくなった後で、



「ねえ、○○くんが悪いって、さっき言ってたけど、まだ悪いのかなあ」



と言うと、



「うーん。べつに悪いということもない・・・」






というふうに、言うことが変わってきます。



そうです。自分がコマらないので、相手も<悪者>じゃないんだそうで・・・。





悪者になったりならなかったり、という人物評価は、かなりの程度、不安定、あるいは、的外れ、ということのようで・・・。









人は、悪い、と批判されたから、態度を改めるのだ。




という公式が、かなり濃厚に、



子どもたちの頭脳に、INPUT されている、ということみたい・・・。







ちなみに、くつのかかとを踏んでいる子に、



「いざというとき、思い切り走って逃げられないからやめようね」



と言ったら、直していました。



「きみは悪い」



という評価は、ほとんど、無関係のようです。



でもなぜか、くつのかかとをふんづけているやつは悪い!、ということを、言いたがる人もいます。







給食のおかずのじゃんけんで、後出しをする子。

「勝った!」と早口で言い、すかさず肉をGETしようとする子に、



「お前は悪いやつだ!」




と言おうがどうしようが、そのことはあまり解決とは無関係です。



「今、後出しだったから、もう一度フェアな勝負をして決めたい」



と伝えたら、



「わかった」



だって。



それで済みました。



「お前は卑怯な、悪いやつだ!」



もし、こんなだったら、どうなってたでしょう?



「なに?おれは悪くない!」



「いや、悪い!」



「悪くない!」



って、ずっーと、昼休みまでやってたかもね。べつにそれでもいいけど。







それにしても、なんでしょう?



「悪いやつ!」って言いたくなるのって、なんだろうなあ???と思います。



人間は、反省なんてさせ・ら・れ・ない動物だってこと、心の底では、子どもたちも分かっている。



この業界で仕事をある程度やっているけど、転職した時から今までずっと、





お前が悪いから反省しろ、と言われて、反省した子どもなんて、一人も見たことない。



(  爆弾発言か?)





変わらないと思う、と言う子