[]教員がいつも同じような服を着ている理由

おたんじょう日の子がいたので、クラスで乾杯をしました。



ジュースはないので、給食の牛乳です。



「今日、わたし、7歳になったんよ」



1年生です。彼女は、つい昨日までは、6歳だったのです。



わたしはそれを聞いて、あらためて、うーん、と考え込んでしまいました。



そうか、いつもいつも、わたしが目の前にしていたのは、たったの6歳の子たちだったのか。



そんなこと、当然、分かりすぎるほど、分かっていたつもりであるのに、なぜか、その子が実際に



「6歳だった」



ということが急に、なんだかとても大きなことのように思えてきました。



片手をひらいて、それから1本足してみました。



これが、6つ、です。



この6つの人生で、足し算を習ったり、漢字を習ったり、跳び箱をとんだり、縄跳びに挑戦したり、ということをやっているのです。



6つともなれば、一丁前の口をききますし、多くのことを理解しているようですが、それでも、やはり、わたしにはそのとき、







うーん、たった・・・、たった、6つだったのだなあ・・・






という、わけもなく胸に迫るような、なにか特別な感慨が湧いてきました。







6つの子が、毎日、教室で姿勢をただし、教科書を開いて、鉛筆を取り出し、一生懸命に慣れない字を書きながら、ふうふう、勉強している。



休み時間ともなれば、友達とわいわい追いかけっこをして遊んでいますが、よくまあ、あれやこれやと、本当に、頑張っているなあ、と素直に思えてきました。





教室のみんなに、



「今、6歳の子!?」



と聞いてみました。





手があがります。



2月後半の生まれと、3月生まれの子です。



3月31日に生まれた子がいて、



「わたしなんて、31日なんよ〜?みんなより、いちばん遅いし。あと3日遅かったら、年長と同じになるんよ」



と言っていました。



私は、こんな子たちに囲まれて、毎日、暮らしているわけでした。





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さて、次の日の朝、教卓の周囲に集まってくる子が、こんな話題を出していました。



「先生って、いったいいくつなの?」





わたしが、とぼけて



「さあ。忘れてしまいました」



と言うと、何人かの子がどっと笑いました。



質問をしたRちゃんは、



「忘れんぼ!!」



と怒りながら、なおも、



「うちのお母さんよりも、上でしょう?」



と訊きます。







いったい、Rちゃんのお母さんはいくつなんだろう、と思いながら、適当に



「先生はね、28歳です」



と大ウソをつきました。



すると、



「ええー!!お母さんより若〜い!」



と驚いております。







そのあと、



「先生、28年間、生きてきたんだね?」



とRちゃんが言います。



「そうだよ」



「じゃ、この服も、ずいぶん古いんだねえ」



わたしがきょとんとしていると、



「だからかー、だからこんなに汚れているんかー。まあー、いいけど、たまにはオメカシもしないとね」





思わず笑ってしまいました。



私が大人になってから、ずっと同じ服を着ているのではないか、と子どもたちが思うくらいに、私の服は汚れている、ということであるらしく、私は複雑な気分でありました。



たしかにチョークの粉はついているし、ずいぶん着古したフリースの上着でしたから、6歳の子たちからすると、これはずいぶん古そうなものだ、という印象を持ったのでしょう。





さて、このフリースの上着は、1年生の子が毎日つまんだり、裾を持って引っ張ったりしているものですから、クラスの子たちには馴染みがあるらしい。



保護者懇談会の日、わたしがめったに着ないスーツを着ていると、



「あっ、お父さんみたいな格好してる!ねえ、先生、今日は、さわっちゃいけないでしょう?」



と言う子がいた。



つまり、今日のは特別な服だから、触っちゃいけないだろう、というのだ。

ふだんのフリースの上着だったら、触ってもよい、と思ってるらしい。



「いつものやつの方がいいな。あっちだったら触れるしな」



という子もいる。



ともかく、触るのが大前提になっているのが、可笑しい。





まあこういう発言を聞いていると、





「や、今日もまた、あの服着ていくか・・・」




となるんですな。





世のお母さん方、こんな調子ですから、・・・・・・少しくらい、致し方、ありませんでしょう??









服のこと