[]縄文時代を学ぶことに、教員がまず関心を持つべきだ!

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縄文時代には、稲作がすでに始まっていたことは、もう常識だ。

教科書にも、ぜひそうした記述をしっかりと載せてほしい。

そして、なぜそうした稲作が始まり、定住生活があり、いわばムラのようなものがあったのにも関わらず、何千年という長い間、権力闘争も起きず、組織的な巨大権力も生まれなかったのか、ということに焦点をあてて、学ぶべきではないかと思う。



縄文時代3




また、江戸時代はなぜ、大きな戦争もなく、あれほどまでに見事な町人文化を花咲かせることができたのか。

将軍という超巨大権力が、人々の上に君臨し、ぜいたくにふるまっていた、というイメージも、実はそうではなく、老中も将軍も、わりと質素に、控えめに暮らしていたし、切り捨て御免、という言葉もあるにはあったが、めったに武士が刀を町で抜くようなことはなく、人の命を軽んじていたということもないようだ。今のように警察権力が強大でなかった時代なのだし、不思議でならないことだ。



こうした、「時代というもの、人々の生きる気風というもの、社会の仕組みのこと」について、子どもたちは十分に学ぶべきだと思う。



そして、今のような、人が人を殺すこと、殺すために死んでいくことが美化されかねないような時代に、必要なのは、



どうして戦争や権力争いが起きたのか



という理由を学ぶ歴史学習ではなくって、



なぜこの時代には戦争や権力争いが起きなかったのか




という理由を学ぶ学習であるべきで、どうして縄文時代や江戸時代に焦点が当たらないのか、不思議でならない。世界に誇る歴史がここにあるのに、どうにももったいのないことだ。



縄文時代5