[]人はレールから外れたくない、という事例

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だれしも、特技が一つくらいあるだろう。



ところが、「特技」という熟語は、子どもには馴染みがない。

だから、4月当初に



「みんなの特技を教えてね」



というと、子どもたちは顔を見合わせて、不思議な顔つきになり、



「先生、とくぎってなあに?」



と訊いたのである。





そこで、なんだかんだと説明をする。



「ええと、ほかのひとができないようなことですね。自分は得意だってこと。ぼくはこれこれができます!みたいな。」



うまい説明が見つからない。



「ほかのみんなは、たいていできないんだけど、ぼくにはできるよ、とかね」



すると、なんとなく合点したような顔をしたので、



「じゃ、さっそく、みんなの特技を一人ずつ教えてください」




とやってみると、さっそく最初の子が出てきて、



「ぼくの特技は、けん玉です」



という。



そこで、○○です、というひと言だけでなく、もう一文、プラスアルファで何か言って下さい、ということにした。

すると、



「ぼくの特技は、けん玉です。とめ剣ができます




といってくれる。これで2文になる。

これはいいお手本になったので、すばらしい、と拍手をする。



次の子も、最初の子にならって、



「わたしの特技は、てつぼうです。宇宙回りができます」



これも、2文で、いい感じ。



3人目は、



「ぼくの特技は、マット運動です。側転ができます」



・・・



なんだか、体育シリーズばかり続く。

こういうこと、小学生だとよくある。

なんとなく、前の人と近いものになってしまうのは、自分の発言が場違いなことになりはしないか、と不安なんだろう。



つまり、子どもたちは、目の前になんとなくレールが見えると、

ともかく一本のレール、てっとり早いそのレールにのればいい、と考えるのだ。



他にも、レールらしいものがある、ということに、薄々気づいていたとしても、

なんとなく、とりあえず、これは大丈夫だと分かれば、

その、ハズレではなさそうな、確実な1本に、乗ろうとするのです。

これを、安易だ!と指摘したところで、どうしようもない。



子どものせいではないのだから。

こちらの、事例の提示の仕方が、まだ不十分だったのだ。

説明が、子どもたちの安心できるレベルに、達していなかった。



そこで、体育のことだけでなくてもいいよ、と説明をはさむと、ちょっと顔つきが変わった。

一人の子が、

「ピアノとかでもいいの」

と聞く。

「いいよ」

と答え、続きを促した。



4人目はなんと、「お笑い芸人の組名を覚えること」だった。

これは、そこにいた全員の、



『思考の枠』



を、ぐぐっと広げてくれた感じがある。ようやく体育の種目から離れることができた。

すると、これもまた、すばらしい特技である、ということで、拍手が起きた。



5人目は、「いもうとと口喧嘩をして勝つことです」

6人目は、「50m走が速いです」



7,8,9人目、と進んで、10人目が、なんだか不思議な感性をもつ、Sさんでした。



Sさんは、前に出てくると、堂々とした態度で左から右まで睥睨し、落ち着いた声で、



「私は、耳を動かせます」



といった。



みんなが驚いていると、



「じゃ、やります」




と言って、やにわに顔を両手でおおって、



「顔が変になるので、顔は見ないでください」








その後、彼女の耳が、ぴょこりぴょこり、と派手に動くと、会場からはどよめきが起きた。





さて、11人目のKくん。



彼もまた、不思議なセンスをもつ子で、こういう、表に出てくるような機会があると、パワーがみなぎってくる。



Kくんは、



「ぼくの特技は、まず、鼻をつまみます」




と切り出して、みんなの見ている前で、自分の鼻をつまんでみせた。



そして、鼻をつまんだままの不思議な声で、



「つぎに、目をつぶって、息を、んんんッー!!と、思い切りとめます!」




と言った。



あまりの出来事に、教室のみんなが身動きできないでいると、彼は目をひらいて、きょろきょろとみんなの様子を見た後、いったん、鼻をつまんでいた手をもどし、ちょっと鼻をすすってから、咳ばらいをした。



みんな、固唾をのんで、次の言葉を待つ。

いったい、Kくんは、思い切り息をふんばったあと、どうなってしまうのだろうか。



Sさんのように、耳が動くのか?

それとも・・・?



ドキドキ。





会場が静まり返ったことを確認したKくんは、いよいよ時が満ちたと思ったのか、

再度、落ち着き払って、こう言った。



















「え、そうすると・・・目の下に、クマができます」




Kくんは、ここです、と言って、自分の目の下を指さし、

指の腹で左右になぞってみせた。



「ここらへんに、できます」



















拍手!



ラクーン


びっくりしたナァ、もう・・・。



しかし、それって「特技」に入るのか?・・・

最後のは、レール無視。



自由だよね。