[]人生の左折(させつ)

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「幸福」というのは、もしかすると、



あまり物事が進んだような状態ではない時にこそ、発見されるのではないか



という、かなりシンプルな仮説があります。







てきぱきと進む

順調に進む

計画通りに進む

きっちりしている

ルール通りに進む






ということは、あまり幸福とは縁がなく(ないとはいえないが)



むしろ、





めったに進まず

山あり谷あり

計画通りにいかず

雑然としていて

ルール無視が当たり前






という方が、幸福に縁が深いのではないかと。

(少なくとも、てきぱきと計画通りに進まないことが、即不幸と関係するかというと、あまり関係がないかもしれない)





これは、まったくサカサマで、常識とは逆です。

100人が100人とも、そうは思わないでしょう・・・。



「計画通りに進まないので、たいへんな迷惑をこうむっておる!」



という憤慨は、世の人の多くが、鼻息荒く主張することなので、上記のようなサカサマな仮説はとうてい支持されそうもないです。











しかし案外と、



なかなか、あまり物事がうまく進まないときこそ、かえってみえてくるものがあるもので・・・。







さて、わたしの嫁様は、運転免許を持っているが、運転はあまりうまくない。



たまーに、彼女が運転してくれて、わたしが助手席に乗ることがある。



職場の会合で、お酒を呑んだ日の帰り道、とかね。





嫁様が、



「仕方がないねえ」



と、駅まで迎えに来てくれる日がある。







わたしが、「すまん、すまん」と言いながら、助手席に乗り込むと、驚いて、目が点になる。





アクセルの踏み方が、



とてーも、ゆっくり



なのである。





信号で、右折する時など、はるか遠く、点のようにしか見えない対向車のために、律儀にも「待つ」のだ。

これには耐えがたい感情が湧く。



「なぜ、行かぬ?」

「だって、向うから、来てるし」「(←かぶさるように)来てない!!










一度は、目的地とは違う方向へと走り出すので、いぶかしげに



「え?あっちだよ」(指さす)



「こっちからしか、いけない〜」



「???」






つまり、右折が怖いので、次の信号の角を曲がるのがイヤで、



本来なら、右折1回で済むところを、



左折を4回して、




目的地へ行こうとしたのである。



わたしは車内で腹をかかえて笑い転げたが、本人はすこぶるいいアイデアを思いついたことを褒めてほしかったようで、



「いい考えでしょう。これ思いついたときは、感動したよ」



と、明るい顔で、飄々としている。







とまあ、こんなことが繰り返されるので、私にも耐性がついてきた。

今さら何があっても、という心境。



この間は、隣の市の医者へ行くんだけど、と言って、3日ほど、道路の道順のことで悩んでいた。

隣のM市は、大きな道路もあるし、途中に橋もあるから、なかなか勇気が要るらしい。



わたしも、どんなルートがいちばん短いか、ということや、曲がる回数が少なくて済むか、などを調べ、アドバイスをしていた。



彼女は、毎晩のように、地図を見たり、目印を確認したりし、「いよいよ明後日(あさって)だ〜」などと言って緊張していたようだった。



そして、前日になって、

嫁様は地図とにらめっこしながら、ようやっと、結論を出した。











「やっぱ、行かないことにした」









理由は、もちろん、



「行けそうもない」



から、であります。





地図を見せ、道しるべになるものを教え、目印をいくつか示し、ほとんどまっすぐ、という無難な道をいけばいい、というアドバイスをしたのにも関わらず、だ。





もちろん!

ええ、すぐに説得しましたとも!






彼女は、わたしの渾身の説明と、長時間にわたる、論語菜根譚、人生論まで引用した説得によって、心を悔い改めてくれた。



「よし、そんなに言うなら、わたし、いっちょう、行ってみるわ!」









私はホッとした。







翌日、無事に



「今日、○○先生のところまで行けたよ!」



という、嬉しげなメールが届く。



私が帰宅したら、嫁様は、



「今日は、あんなに遠いところにまで行けたから、すごかったよ〜」



と、自分で自分をさかんに褒めている。







「ちゃんと、右折できた?」



「ううん。右折は、左折で乗り切った。」



「(不安にかられて)・・・うそ。じゃ、時間どのくらいかかった?」



「えっと、やっぱ、初めてのところだったし、1時間くらいかかったかな」










通常の時間の倍かけて、隣の市まで行けた、ということを、これほど前向きに明るく語れるなんて、やはりすごいと思う。





「やっぱ、左折で乗り切ったのが、成功につながった」





「成功」なんて言葉がスッと出てくるくらいで、彼女のとった行動は、もはや、壮麗なほどに粉飾されている。

しかし、あまりにも当然のような口調なので、ここまで明るく、スッと



「成功につながった」



とか言われると、

そうかー、と、だんだん聞いている側も、

それが気持ちになじんでくるから恐ろしい。

思わず、樽酒で乾杯したいくらいな気持ちになる。





このくらい、自分のことを、プラスで言えるって、すごいよね。





人生は、「左折」で成功する。

(by 嫁様)




人生の左折